お話の力

リーさん

幼稚園くらいまでは、毎晩のように母親がストーリーテリングをしてくれた。休みの日になると、近所の本屋さんの2階に集まって、語り手の人からたくさんの「お話」を聞いたものだ。実は、覚えていない話のほうが多いと思う。しかし、空想の世界に引き込まれた気持ちよさは忘れない。

人の観察が好きで、その人に勝手に物語をつけてしまうこともたまにある。最近ネットで、香港のアパートに住んでいる100人の部屋の写真を公開しているサイトに出会った。単なる、写真としても楽しめるのだが、生活感あふれるその空間に、色々な「お話」がある気がしてならない。

例えば、ここに載せた写真について考えてみたいと思う。
トップの写真を見て、下の物語を読んでくれますか?ストーリーを読んだ後に見る写真の印象が違えば、「お話」がうまく伝わったことになるのだが・・・


名前は、リー・クンミンとリー・サンズ。二人が出会ったのは故郷の蘇州に帰る電車の中だった。サンズの父親がなくなり、彼は先行き不透明な内モンゴル原産のカーペットの商人になったばかりであった。青島から蘇州の26時間の電車の旅は窮屈でしかなかった。腐ったゆで卵のようなにおいと、中南海の安たばこの煙。大連からみかんを売りに電車に乗ったクンミンは、気絶寸前の状態でなんとか3号車の端に立っていた。のどの渇きと、足腰の激痛が彼女を襲う。途中何度かトイレに行こうとしたが、この端を譲ってしまうことは、彼女にとって残された16時間を片足で立つことを余技なくさせるような状況だったのである。ふらっとしたその瞬間、クンミンの肩に手がかかる。それがサンズであった。彼は、250mlの水を差し出し、彼の貴重なカーペットを引き、そこに座るように言った。隣にいた男は、なにやら広東語で文句を言い出したが関係ない。タバコを1箱さしだすと、文句をいいながら別の車両に移っていった。クンミンはお礼に、かばんから1つのみかんをさしだした。「1つですみません」と言いながらも、彼女は惜しそうな顔をした。それを受け取ったサンズは、内モンゴルに伝わる1つのお話をした。内モンゴルでは、みかんを結婚式の日に新郎新婦で食べるんだ。男性は、皮を食べ、女性に実を渡すんだよ。男性は外敵を守る皮を食べ強くなり、女性は子作りを意味する実を食べる。そういった後に、彼は結婚式ではないけど、私は皮でよいからと言って、みかんの実を差し出してくれた。あの日は、忘れもしない3月24日。内モンゴルでの結婚式で、みかんがでなかったけど、それは関係なかった。今でも24日と刻まれたカレンダーが、リー家にはみかんと供に飾ってあるのです。「甘酸っぱい思い出です」と、カメラを向けた私にクンミンは微笑みかけた。